ある病気の特効薬。その副作用は、特定の人を「忘れる」ことだった。
別れた恋人を「忘れた」男・瀬戸幸也。長年、幸也に片思いしてきた女・林美琴は、つい自分が恋人だったとウソをついてしまう。
最愛の子供を亡くしたことを「忘れた」妻・長門千紗。夫・長門浩次朗は、そのまま、子供がいなかったことにしようとする。
平穏な暮らしを続ける彼らだが、歪みは少しずつ生まれていく。それぞれの決断、そしてそれがもたらす行く末とは……。
2組の男女と寄り添う人々が織りなす、悲しみと優しさに彩られた「あのこ」への物語―。
本作の制作はコロナ禍の中、オーディションによって選ばれた7名のキャストを中心にオンラインでのワークショップで幕を開けた。
先ず行われたのは、演技ではなく「話し合う」こと。価値観の違いを認めた上で「相手への想いを考えること」に意識を転換させた後、実際に対面してのリハーサルを敢行。期間は全体で約半年間に及んだ。
対話を経由し、キャスト自身が能動的に役になりきっていくその手法によってキャストは瑞々しく躍動し、キャラクターの感情を克明に画面に刻む。
「特定の人を忘れる」というギミックで始まる物語は、このアプローチゆえに決して荒唐無稽にならず、誰の中にもあり得る自愛と他愛のモザイクを鮮烈に描き出している。